安倍晋三氏の安倍家は、山口県大津郡日置村(現長門市)で代々大地主であり、醤油醸造業を営んでいた名家である。
当然ながら、祖先は日本史のそこかしこに登場する言わば安倍御門(あべみかど)一族の子孫で、二千年の歴史が存在する。
長い事その氏素性だけでもリーダーとしての地位を得る大看板の一族だったのが、名家の所以(ゆえん)である。
だからと言って、それだけで尊敬したり、故なく批判する気は無い。
要はその血筋よりも人柄で、安倍晋三氏の父方の祖父になる安倍 寛(あべ かん)氏(母方は岸信介氏)は、大政党の金権腐敗を糾弾するなど、清廉潔白な人物として知られ、大変に人気が高かった。
安倍 寛(あべ かん)氏は、「大津聖人、今松陰、昭和の吉田松陰、今高杉(高杉晋作)と呼ばれて、地元や政界から尊敬されいた」と言う。
寛氏はいわゆる“ハト派”であり、第二次世界大戦中(千九百四十二年)の翼賛選挙に際しても、自身の政治信条から翼賛会の非推薦で出馬し、当選した清廉反骨の政治家である。
安倍晋三氏に祖父の安倍 寛(あべ かん)氏のDNAが少しでも残っているなら、選挙対策の為に郵政民営化造反組を復帰させるなどのパワーゲームに執着した愚を犯さず、小泉純一郎氏の国民不在政策を改め、堂々と国民の信を問うべきである。
晋三氏は、故、安倍 晋太郎(あべ しんたろう)代議士の次男で、父の「晋太郎」の「晋」は、明治維新の志士であった高杉晋作の一字を取って、祖父安倍寛(あべかん)に命名されたのを、孫の晋三も貰った。
安倍 晋太郎・長男は寛信で、祖父の安倍寛(あべかん)と外祖父の岸信介から一字ずつ、三男の信夫は岸家に養子にいったので、岸信夫を名乗る為、晋太郎の「晋」を受け継いだのは、次男の安倍晋三唯一人である。
◆安倍姓の起源は・・・・・・・・・・・・・・・・
◆静岡名物「安倍川餅」と安倍姓・・・・・
◆陰陽師・安倍清明との関係・・・・・・・・
◆貴族・土御門家・・・・・・・・・・・・・・・・・
◆蝦夷(えみし)族長説・安倍氏・・・・・・
◆松浦(まつら)水軍(海賊)・安倍氏・・
【現総理の安倍晋三氏に繋がる「安倍姓二千年の歴史」を詳しく知りたい方は、「皇統と鵺の影人」をお読みいただくと、日本史の流れの中で、全編に散り嵌めて解説しています。】小説「皇統と鵺の影人」クリック
土御門・安倍家を十四代、東北(陸奥)・安倍家を七代遡ると先祖は兄弟になる。
古代東北の覇者・東北(陸奥)安倍家を更に七代下がると、十四代目が安倍貞任で、藤原(清原)秀衡の父基衡には貞任の兄弟・宗任の娘が嫁いでいる。
松浦(まつら・安倍)高俊は、三代遡ると安倍宗任であり、長州(山口県)・安倍家はその末孫にあたる。
この安倍系図、基は、孝元大王(おおきみ・第八代天皇)に繋がっているが、何しろ欠史八代の一人であり、孝元大王(おおきみ)の記載されている「日本書紀」の編纂よりはるか昔の事で、真贋の程においてはいかんともしがたい。
皇統のすきまを繕い、有力王族(部族王)の符系を政治的にまとめた疑いが強い。
◆【日本語のルーツと安倍氏の解説に飛ぶ。】
◆【安倍川と富士山の由来に飛ぶ。】
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