独裁者は類いまれな演技者であり、絶叫型の判り易く単純な演説を行い、 民はその格好の良いパフォーマンスに惑わされる。
今度の衆院総選挙で大勝利をした小泉総理の事を「心無いマスコミ」が織田信長にたとえて、ワイドショー的に英雄のごとく煽っているが、むしろヒトラーの登場に近い。
独裁者の権力は、時間を与えるほど強くなる。
昭和の始めから十年代にかけて、ヨーロッパでは、第一次世界大戦で敗れたドイツが、莫大な戦後賠償金の捻出に苦しみ、経済は疲弊した。
また、当時のドイツは敗戦で広大な海外植民地を失った。
その事によるドイツ本国帰還民の急増、平行して折からの世界恐慌に見舞われるまさに「三重苦」から、国家社会主義労働党(ナチス)を産みだした。
国籍や人種の違いを超えて、民衆は常に、娯楽映画の英雄(救世主)みたいな人物を求めている。
違いを際立たせるのが民衆の心を掴むコツで、それに狂気が重なると、より魅力的指導者に映るから恐ろしい。
他力本願で、安易に「己の人生を託そう」とするから、狂気が格好良さに見えて、コロリと騙される。
言い換えれば、「狂気が無い人間には民衆を惹きつける魅力が無い」と言う矛盾が、不幸な歴史を繰り返させているのである。
政治も宗教も、その初期段階に起こるのはそうした幻想からである。
ドイツ国民は、国民を魅了させる演出巧みな劇場型の指導者「アドルフ・ヒトラー」と言う人物に着いて、入り口で間違えた。
入り口で間違えたものは、最後まで間違いである。
そして間違えたのはドイツ国民だった。
凡その所、表現の美しさに誤魔化されて、真実を見たがらない者は、本質的に「愚か者」である。
所が、何処の国でも民衆の大半は、表現の美しさに誤魔化され易い「愚か者」である。
忘れてもらっては困るが、国家社会主義労働党(ナチス)は選挙で大勝利したのだ。
当時ドイツは不況と社会環境の悪化から、閉塞感にあえいでいた。
そこに何かしてくれそうなヒトラーが、卓越した演技力で大衆を魅了し、大衆は彼を信じた。
そしてヒトラー率いる国家社会主義労働党(ナチス)に歴史的勝利を与えた。
あまりの圧勝に、民衆に迎合した当時のマスコミが、ヒトラー神話を後押しし、やがて誰も暴走を止められなくなった。
変化を望んだ国民が、結果的に「狂気の英雄」を生み出した事になる。
いずれにしても一党を大勝させ、暴走を許したのはドイツ国民で有る。
このヒトラー一人勝ちのパターンが、「変革を求める余り一党独裁を許す」今回の日本の状況に似ていると思うのは、私だけだろうか?
一方のフランスでは短命内閣が続き政情は安定せず、戦勝国で海外植民地が広がり、結果人口の海外流出、ドイツと反対に「少子化」が続いて、日本の教科書でも取り上げられた。
そしてドイツ国民は貧困に追い詰められてヒトラーはドイツ国民の不満をかわす為に、他国とユダヤ人に国民のストレスを向けさせる政策を取った。
ヨーロッパは、国際バランスが不安定に成っていた。
やがてバランスが壊れて、ナチス・ヒトラーとドイツ国民の「狂気」が始まったのだ。
そして、ドイツの暴走を阻止すべき隣国、フランスの国力は、現在の日本国のように豊かさの中で低下していた。
フランスは、ナチス・ヒトラーに手も無く蹂躙されたのである。
つまり人口の増減は国家体制を揺るがし、国家の将来を危うくするものである。
まぁ、表面的な格好良さに騙される国民の方も国民であるから仕方が無いのだが、小泉氏・竹中氏の治政で撒いた種に拠って、日本の現状は悪化の一途を辿っている。
どう言い繕(つくろ)っても、結果責任の事実は消せない。
理由は簡単である。
小泉氏・竹中氏が標榜した米国型の経済政策や福祉政策は、強い者勝ち・勝った者勝ちの政策だからである。
つまり根底にあるのは、弱い者・負けた者はあくまでも自己責任(見殺し)の考え方である事は、いずれ明らかに成る。
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